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2017年07月14日

毎年、カンボジアに出かけているが、国全体に変化の兆しが伺える。僕らが到着するシェムリアップ国際空港は建物が増築され、ショッピングフロアも充実してきており、街の中の建物も少しずつ垢抜けてきているように感じる。僕等が支援する小学校の近くに住む村人の服装も少しずつ小綺麗になってきており、住居も少しずつ改築されている。本当に支援する必要があるのだろうかと考えてしまう。

カンボジアの土は赤い粘土で水はけが悪いため土地は痩せており、小学校を支援するよりも土壌改良や作物の栽培の援助が必要に思える。作物の栽培、収穫が進めば彼らの意識改革に繋がるだろう。しかし民間企業やNGOなどの支援には限度があるので、日本政府がODAという大きな枠組みでカンボジアに支援をするべきではないだろうか。

今でもカンボジアはインフラの整備は遅れ、主な産業も無いのだが、不思議なことに何故か英語が浸透している。英語を話せない日本人が情けなくなってしまう。英語は日本語と比べ遥かに簡単なはずなのに、何故、日本人は英語を話せないのだろうか。毎年カンボジアに出掛けて英語を身につけないといけないと痛感してしまう。引退するまでに英語を身につけないと、世界を旅して周る事がおっくうになるだろう。
カンボジア人の日本語ガイドにどうやって日本語が話せるようになったのか尋ねると、口々に独学で日本語を習得したと言う。彼らは英語も独学で勉強し話すことができる。彼らはより豊かな生活のために必死で勉強しているようだ。

今の日本はカンボジアより遥かに発展しているが、日本人は英語が話せないという大きなリスクを背負っている。このままだと将来カンボジアに追い越されてしまうかもしれない。日本の政府は国を挙げて全ての日本人に英語を身につける政策を行わなければならないのではないだろうか。早速、独学で英語を身につけよう。

written by 彦之丞


2017年07月07日

毎年恒例になったカンボジアのボランティア活動に今週末から出かける。帰りの飛行機は深夜、経由地のマレーシアを出国し、翌朝、福岡空港に到着する。飛行機は狭いので、うとうとするだけで殆ど一睡もできず、ヘトヘトで福岡空港に到着する。
世界中が物騒なので海外に出かけるのはあまり気乗りしないが、お得意先のお誘いなので断わることはなく出かけている。数年前に更新した僕のパスポートはカンボジアの出入国のスタンプだけが並んでいる(笑)これから先、プライベートでカンボジアに出かけることはないだろう。

旅は好奇心旺盛な若い時期に沢山するべきだ。引退後に海外に出かける人は多いが、若い時期に旅に出かけることと、老いて旅に出かけるのでは見る世界や感じる世界は全く異なるはずだ。

僕は学生の頃、アメリカに1ヶ月ほどホームステイをした。ホームステイ先でのんびりすることはなく、毎日のように外に出かけボストン、ワシントン、フィラデルフィア、ニューヨークを周遊して見て周った。見るもの全てが新鮮で、アメリカの大きさにとにかく驚いてしまった。
また幸せなことにホストファミリーが温かい家族だったので、カナダのナイアガラの滝まで連れって行ってくれ、そこでキャンプを行った。

このような体験を引退後で行うとヘトヘトに疲れてしまうだろう。若い頃と違い食事も量より質を好むようになっているはずなので、アメリカの馬鹿でかいステーキを見て喜ぶより拒絶してしまうだろう。僕は既に大きなハンバーガーよりご飯と味噌汁が体に合うようになってしまっている(笑)

とにかく若く元気なうちに沢山旅に出かけ、見聞を広げ感受性を養わなければならない。僕は毎年カンボジアにだけ出かけている。ひとつの国を深堀する年齢ではないので、カンボジア以外の国にそろそろ出かけようと思っている。

written by ジェイク


2017年06月30日

お得意先の周年事業の準備などで慌しい日が続いている。そこに次から次へと仕事が舞い舞い込んで来きており、心身ともに負荷がかかっている。仕事は面白いもので、慌しくなると更に仕事が仕事を呼んでくる。心身に負荷がかからないように年間でバランスよく仕事を頂ければ良いのだが…お得意先の都合なので仕方がない。しかし仕事が無く時間を持て余しているわけではないので有難い。

僕の叔母は東京で上場企業の営業として定年まで第一線で仕事をこなした。彼女は独身だったので定年後は自由に友人と世界中を周り楽しんでいたようだ。しかし高齢になると旅に出かけることはもちろん、自宅から出かけることも減り認知症を発症してしまった。結局、僕の母が姉である叔母を引き取ったが、叔母はみるみるうちに弱っていく。
そんな姿を見ていると、明日は我が身のように感じてしまう。人間はあまりに多くの時間を持つと、心身ともに弱ってしまうのだろう。そう考えると、過労死するほど仕事をする必要はないが、緊張感が多少あり脳を活発にさせながら仕事をすることは良いことなのだろう。

慌しい時間が続くと、のんびりした時間を求めてしまうが、逆にのんびりした時間が続くと慌しい時間を求めてしまう。時間もお金も同じ性質を持っているようで、時間もお金も程よく、バランス良く持っていることが大切なのだろう。ホンダのCMのコピーではないが「最高にちょうど良い」ぐらいがベストだろう。

僕もいずれ仕事を辞めるだろうが、その後の生き方をしっかり考えておかないと、叔母のようになってしまうかもしれない。いくつになっても最高にちょうど良く仕事や活動を行わなければならない。

written by ゴンザレス


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