恵方巻という文化は、いつからこんなに全国区になったのだろう。
発祥は大阪を中心とした商人文化で、商売繁盛や無病息災を願い、その年の恵方を向いて太巻きを無言で丸かぶりするという習わしだ。
全国的に火がついたのは、確かコンビニのCMだったと記憶している。
節分の日にスーパーへ行くと、恵方巻が小さなタイヤのように山積みになっている。
その光景はどこか異様で、そして多くの買い物客が験を担ぐように、反射的にかごへ放り込んでいく。
今年の恵方は南南東。その方角を向いて太巻きを丸かじりする人々を想像すると、なんとも奇妙で、少し可笑しい。
僕はあまり験を担ぐほうではないので、恵方巻を食べたことが一度もない。
翌日、愛犬と散歩をしていると、ふと昨日のことが頭に浮かんだ。
ほんのきつめの一言が思いがけず火種になり、些細なことで家人と言い合いになった。
気まずい空気のまま夕飯の時間になり、僕は皿を手に書斎へ引き上げ、ひとりでぶつぶつ文句を言いながら晩酌をした。
翌日、愛犬と散歩をしていると、ふと昨日のことが頭に浮かんだ。
あの喧嘩は、「感覚」と「論理」の違いから生まれたのではないだろうか。
私たちは日々、たくさんの選択と判断をしながら暮らしている。
朝の空気を吸い込んだ瞬間に「今日は良い日になりそうだ」と感じることもあれば、仕事では数字や事実を並べながら慎重に考えることもある。
そんなとき、静かに働いているのが「感覚」と「論理」だ。
感覚は、言葉になる前の“気づき”のようなものだ。
初めて訪れた店で「ここは落ち着く」と感じるとき、私たちは無意識のうちに照明の明るさや空気の匂い、店員の声のトーンなど、細かな情報を一瞬で受け取っている。
初対面の人に対して「この人は話しやすい」と感じるのも同じで、表情や間の取り方といった微細なサインを、身体が先に理解している。
ただ、感覚はときに過去の経験や思い込みに引っ張られる。
「なんとなく嫌だ」という感情の正体が、昔の記憶の残り香だった、ということもある。
一方で論理は、ゆっくりと状況を整理し、形にしてくれる存在だ。
家電を選ぶときに価格や性能、口コミを比較するのは論理の仕事だし、仕事で説明責任が求められる場面では、論理が頼りになる。
数字や事実を積み重ねることで、他の人にも納得してもらえる判断ができる。
ただ、論理にも限界がある。
転職や引っ越し、人間関係の節目など、人生の大きな選択は数字だけでは決められない。
どれだけ条件が整っていても、心が「違う」と告げることがある。
こうして見ていくと、感覚と論理はどちらが正しいかを競い合うものではなく、ただ役割が違うだけだとわかる。
感覚は最初の一歩を示し、論理はその道筋を整える。
どちらか一方だけでは判断は偏ってしまう。
大切なのは、このふたつを行き来することだ。
感覚で「いいかもしれない」と感じたら、論理で確かめてみる。
論理で「正しい」と思えたら、最後にもう一度、感覚に耳を澄ませてみる。
その往復が、判断に深みと安心感を与えてくれる。
どちらかを選ぶのではなく、ふたつを重ねていく。
その積み重ねが、人生の輪郭をやわらかく整えていくのかもしれない。
これからは夕飯前に喧嘩をするのはやめよう。
消化に悪いし、変な酔い方もする。
なにより、季節の節目を思い出す余裕もなくなってしまう。
若い頃はよくラーメン屋に通っていたが、年を重ねるにつれてあっさりしたものを好むようになり、次第に足が遠のいていった。
年末年始は和食が続いたので、ふと「久しぶりにラーメンが食べたい」と思い、近所で“安さが売り”のラーメン屋へ向かった。
これだけ物価が上がっているので、さすがに値上げしているだろう──そう思いながら店に入った。
店の扉を開けた瞬間、ふわっと豚骨の香りが鼻をくすぐる。
入口横にある食券機で金額を確認すると、表示されていたのは以前と同じ価格で
ラーメン290円。
「えっ!?まだ290円でやってるんだ!」
今ではスーパーやコンビニで売られている高めのインスタントラーメンよりも安い。
この店のラーメンは決して“絶品”というわけではないが、スープはあっさりとシンプルで、麺は昔ながらの細麺。当然チャーシューとネギも乗っている。
さらに、豚骨ラーメンに欠かせない紅しょうが、すりごま、おろしにんにくは入れ放題。
しかも注文してからラーメンが出てくるまでの時間は、わずか1分ほどと早い。
客層は驚くほど幅広い。
食べ盛りの学生から、年金暮らしの高齢者まで、本当にさまざまな人が訪れる。
部活帰りの学生たちは決まって替え玉を頼み、100円の替え玉を追加しても合計390円。
さらに、ラーメンに餃子とライスが付いたラーメン定食は驚きの580円だ。
店の奥では、大きな寸胴にたっぷりの豚骨が入り、スープがぐつぐつと炊かれている。
以前、友人は「あれは豚骨じゃなくて野良猫の骨やないと?だけん安いったい。豚骨じゃなくてニャン骨やな」と冗談を言っていた。
この店は福岡で数店舗を展開しているが、どの店舗でも同じ290円という価格を守り続けている。
今のラーメンの平均価格はいくらなのだろうか。
2025年のデータでは、全国のラーメン平均価格は723円。
10年前と比べると150〜200円ほど値上がりしている。
値上がりの理由は、材料費の高騰、光熱費に物流費、さらに人件費の上昇だ。
こうした要因が重なり、ラーメン業界は“値上げせざるを得ない状況に追い込まれている。
福岡は全国的に見てもラーメンが安い地域だが、それでも700円程度が一般的。
その中で290円は、もはや“昭和の置き土産”のような価格だ。
薄利多売と言えばそれまでだが、それでも290円を守り続けるには理由があるのだろう。
常連客が毎日でも気軽に通えるように、財布に優しい価格にしているのだろう。
店は客の生活を知っており、簡単には値上げできないのかもしれない。
利益よりも、客の日常の暮らしを守ることを選んだこの店。
これからも頑張って価格を維持してほしい。
この日、いつもの290円のラーメンに100円で追加のチャーシューを注文し合計390円。
490円のチャーシュー麺より肉の量は若干少ないが、僕には価格も量もちょうどいい。
帰り道、猫がじっとこちらを見ている。
その目は、何か言いたげだ。
「まさか…お前の仲間たちが…!?」
猫は静かに立ち去った。
……いや、考えるのはやめておこう。
大学の夏休みに、アメリカでホームステイを経験したことがある。
あれから約40年という月日が流れたが、あの夏の日々は今も色あせることなく、胸の奥で静かに息づいている。
ホストファミリーは、ご主人のラリー、奥さんのダン、そして当時5歳ほどだった男の子のセス。
初めて会ったとき、僕は少し緊張していたが、彼らはまるで家族の一員のように温かく迎えてくれた。
家の周りには草原が広がり、夜になると静寂が耳にしみるほどだった。
闇に舞う蛍の幻想的な光、手を伸ばせば届きそうな満天の星。
その景色は今も鮮明に思い出せる。
彼らはたくさんの思い出を僕に与えてくれた。
夜中に起こされて草原に出掛け、月明かりの下で見たシカの群れ。
キャンプをしながら向かった雄大なナイアガラの滝。
どれも彼らの優しさと結びつき、僕の人生の宝物になっている。
日本に戻り、ホストファミリーにお世話になったことを親に話すと、お袋はすぐにお礼状を書いて送った。
その手紙がきっかけで、お袋とダンは文通を始め、二人はペンフレンドになった。
年に2度のやり取りは、まるで遠く離れた親せき同士の季節の挨拶のようだった。
筆不精の僕は一度も手紙を書かなかったが、お袋が嬉しそうにダンの近況を話す姿を見るたび、心のどこかで「いつか僕も書かないといけないな」と思っていた。
昨年、お袋が天国へ旅立った2か月後、お袋宛にダンからクリスマスカードが届いた。
封筒を開けると、ぎっしりと手書きの英語が並んだ手紙が添えられていた。
「うわ〜、どうしよう…」
そう思いながらスマホで手紙を撮影しAIで翻訳すると、そこには変わらぬ温かさと、僕の近況を気遣う言葉が並んでいた。
「お袋、ダンから今年もクリスマスカードが届いたよ。お袋が天国に旅立ったことを伝えんといかんね」
そうつぶやき、そっと手紙をお袋の遺影の前に置いた。
クリスマスまで時間がなかったので、僕は日本語で手紙を書き、AIに英訳してもらった。
その手紙にクリスマスカードを添え、アメリカ・ペンシルベニアに暮らすダンへ送った。
手紙の最後には、僕のパソコンのEメールアドレスを書き添えた。
今月に入り、無事に届いたか気にしていると、パソコンにダンからメールが届いた。
メールはスパム扱いされ、迷惑メールフォルダーに入っていた。
“Hi! I am sending this email to see if you receive it.”
すぐに返信したが、その後10日ほど返事はなかった。
さらに2度メールを送っても返事がない。
きっと僕と同じように迷惑メールに紛れているのだろうと思い、別のGmailアドレスから再度送った。
そして数日後、ついにダンからのメールが届いた。
“Hello!!! I was so happy to hear from you.”
その文字を見た瞬間、ホッとすると同時に胸が熱くなった。
メールにはお袋への哀悼の言葉、僕との再会を喜ぶ気持ち、そして家族の写真が添付されていた。
ペンシルベニアとの距離がぐっと近くに感じられた。
40年前の思い出が、一気に現在へとつながった瞬間だった。
お袋がつないできた手紙のバトンは、今、僕の手に渡った。
ホストファミリーとの絆は、これから僕が受け継いでいくことになる。
きっとお袋はそのために、長い間ダンと手紙を交わしてくれていたのかもしれない。
そう思うと、すべてが奇跡のように感じられた。
あの夏の思い出の続きが、これからまた始まる。







