大学の夏休みに、アメリカでホームステイを経験したことがある。
あれから約40年という月日が流れたが、あの夏の日々は今も色あせることなく、胸の奥で静かに息づいている。
ホストファミリーは、ご主人のラリー、奥さんのダン、そして当時5歳ほどだった男の子のセス。
初めて会ったとき、僕は少し緊張していたが、彼らはまるで家族の一員のように温かく迎えてくれた。
家の周りには草原が広がり、夜になると静寂が耳にしみるほどだった。
闇に舞う蛍の幻想的な光、手を伸ばせば届きそうな満天の星。
その景色は今も鮮明に思い出せる。
彼らはたくさんの思い出を僕に与えてくれた。
夜中に起こされて草原に出掛け、月明かりの下で見たシカの群れ。
キャンプをしながら向かった雄大なナイアガラの滝。
どれも彼らの優しさと結びつき、僕の人生の宝物になっている。
日本に戻り、ホストファミリーにお世話になったことを親に話すと、お袋はすぐにお礼状を書いて送った。
その手紙がきっかけで、お袋とダンは文通を始め、二人はペンフレンドになった。
年に2度のやり取りは、まるで遠く離れた親せき同士の季節の挨拶のようだった。
筆不精の僕は一度も手紙を書かなかったが、お袋が嬉しそうにダンの近況を話す姿を見るたび、心のどこかで「いつか僕も書かないといけないな」と思っていた。
昨年、お袋が天国へ旅立った2か月後、お袋宛にダンからクリスマスカードが届いた。
封筒を開けると、ぎっしりと手書きの英語が並んだ手紙が添えられていた。
「うわ〜、どうしよう…」
そう思いながらスマホで手紙を撮影しAIで翻訳すると、そこには変わらぬ温かさと、僕の近況を気遣う言葉が並んでいた。
「お袋、ダンから今年もクリスマスカードが届いたよ。お袋が天国に旅立ったことを伝えんといかんね」
そうつぶやき、そっと手紙をお袋の遺影の前に置いた。
クリスマスまで時間がなかったので、僕は日本語で手紙を書き、AIに英訳してもらった。
その手紙にクリスマスカードを添え、アメリカ・ペンシルベニアに暮らすダンへ送った。
手紙の最後には、僕のパソコンのEメールアドレスを書き添えた。
今月に入り、無事に届いたか気にしていると、パソコンにダンからメールが届いた。
メールはスパム扱いされ、迷惑メールフォルダーに入っていた。
“Hi! I am sending this email to see if you receive it.”
すぐに返信したが、その後10日ほど返事はなかった。
さらに2度メールを送っても返事がない。
きっと僕と同じように迷惑メールに紛れているのだろうと思い、別のGmailアドレスから再度送った。
そして数日後、ついにダンからのメールが届いた。
“Hello!!! I was so happy to hear from you.”
その文字を見た瞬間、ホッとすると同時に胸が熱くなった。
メールにはお袋への哀悼の言葉、僕との再会を喜ぶ気持ち、そして家族の写真が添付されていた。
ペンシルベニアとの距離がぐっと近くに感じられた。
40年前の思い出が、一気に現在へとつながった瞬間だった。
お袋がつないできた手紙のバトンは、今、僕の手に渡った。
ホストファミリーとの絆は、これから僕が受け継いでいくことになる。
きっとお袋はそのために、長い間ダンと手紙を交わしてくれていたのかもしれない。
そう思うと、すべてが奇跡のように感じられた。
あの夏の思い出の続きが、これからまた始まる。









