妹夫婦の生活が楽ではないようなので、2人に数冊の本をプレゼントした。プレンゼントした本は投資やお金に関する本で、ベストセラーにもなった本だ。
「先日、渡した本読んだや?」
僕が妹に尋ねると、
「今、忙しいから落ち着いたら読むね」
妹はそう言った。
「先日渡した本読んだや?」
義理の弟に尋ねると、
「読みました。あの本は子供たちに良いので読ませようと思っています」
(お前のためにプレゼントしたんや…)
「もう一冊も読んだや?」
「はい。読みました。ただ、今は余裕がないので、お金に余裕が出来たら本に書かれていたことやってみようと思っています」
結局、妹は時間がないから本を読む暇が無いと言い、義理の弟は子供に良いのでプレゼントした本を子供に読ませると言い、またお金に余裕がないので余裕が出来たら本に書いていることを実践すると言う。(今やらないといつまでもやらんぞ)
多くの人は何かと理由を付けアドバイスされたことを行動に移さない。
きっと多くの人は現状を変えることが怖くて、また目先のことだけに囚われ、物事を俯瞰で見ることができないようだ。
そして自らが今の状況を招いていることを理解しておらず、自らの力で改善することができないと信じている。
二人に色々教えることや良い情報を提供することはもう止めようと思った。
馬耳東風やなぁ…。
先日、甥っ子が尋ねて来たので、二つのことを彼に教えた。
ひとつは親の言いつけばかり守っていると、親と同じような一生を送ることになること。
もうひとつは親のように節約することも大切だが、収入を増やすことに集中しないと節約だけでは、いずれジリ貧の生活になってしまうと教えた。
甥っ子は腑に落ちたようで、
「その通りやん。親と同じようになるのは嫌だ!」
と言いながら妙に納得していた。
僕の若い頃と違って反抗期のない甥っ子は、親と同じ道を歩んでしまう可能性が非常に高い。もっと鍛えなければ明るい未来はない。
written by 彦之丞
若い頃、何度か社会人の異業種交流会に誘われ出掛けたことがあるが、やたらと名刺を交換し、くだらない世間話をした後に、決まってこう言われる。
「これも何かのご縁ですから」
「これは縁なんだ…」
異業種交流会などに参加すると無駄な参加費を支払い、無駄に名刺を使い、無駄な会話をし、無駄な時間を過ごす。
そのどこが「縁」なのだろうか。僕はそう思い、その類の会には一切参加しなくなった。
僕は基本的に広く浅く多くの人とお付き合いすることはしない。
限られた方と深く長くお付き合いをするタイプなので、僕は人間嫌いなのではないかと思っている。
人間嫌いの人はお世辞やおべっかを言わないので取っ付きにくいようで、いつも変わり者で怖い人だと思われる。
しかし稀に優しい言動をとるので、その稀な優しい言動に触れた人からは意外に良い人だと思われることがある。
そしてそのことが他の人に伝わっていく。
「○○さんは取っ付きにくいけど、意外に良い人やん。実は先日…」
「へえ~、見た目より良い人なんや~」
人間嫌いの人は基本的に群れることをせず、あまり多くの人と接触しないので、孤独に耐えることができなければならない。
また人を頼らないので何でも自分でやれる力量がなければならない。
だから人間嫌いの人は知識や情報を大切に考え、有益な知識や情報を入手しようと陰で努力をしている。
ところで話は変わるが、うちの犬も犬嫌いだ。散歩の途中、他の犬に出会うと無視をし、その犬が近寄って来ようものなら、慌てて紐を引っ張りその場から立ち去ろうとする。
犬も主人に似てくるのだろう。
「類は友を呼ぶ」と言うが、僕の周りは人間嫌いの仲間ができてしまう。
先日も人間嫌いの仲間と飲み、人間嫌いの話題で盛り上がった。
人間嫌いの仲間と盛り上がるのであれば実は人間嫌いではないのかもしれない(笑)
しかし人間嫌いの僕がなぜブログを書いているんだろう。
まっ、どうでもいいか…。
written by チュグアナ
今週、半年近く入院していた親父が退院することになり、病院に迎えに行った。病室に入ると親父は顔色も良く元気な様子で僕を見ると嬉しそうに手を振った。
入院したての頃、親父がトイレに行きたいと言うので、見舞いに来ていた僕が介助しながらトイレに連れて行こうとすると、看護婦さんから強い口調で勝手なことをしないようにと注意された。
彼らは親父が転んで怪我でもしたら病院の責任問題になりかねないと、何かと神経質だった。
そのため僕は病院のスタッフともめることがあった。
この病院のスタッフは患者がいつも静かにベッドに横になり、おむつで用を足し、定時のおむつの交換時に文句も言わず用を足したおむつを交換する患者が優等生で、逆に自ら弱った体でトイレに立つ親父を不良老人のように見えたのだろう。
親父にトイレに行きたくなったときはおむつで用を足すように伝え、どうしてもトイレに行きたいのであれば、転ぶと危ないからナースコールで看護婦さんを呼び、介助してもらうように言い聞かせた。
しかし親父はおむつで用を足すことが嫌で、しかも看護婦さんをわざわざ呼ぶことも躊躇し、どうしても自らトイレに立ってしまう。
そこで病院のスタッフと話し合い、消灯時間以降と、見舞い客がいない昼間は大きなベルトでお腹をベッドに括られ抑制されることになった。
親父がひとりの間、ベッドに括られ過ごすことを思うと僕は胸が痛かったが、少しずつ回復している親父が転んで怪我をすることを考えると仕方なく思った。
親父にはリハビリを頑張り早く回復して、この病院を退院しようと伝えた。
親父はリハビリを懸命に頑張り退院の日を迎えることができた。
退院した親父はやっと拘束されたベッドから自由になれたことを喜んでいるようだった。
一時、嚥下障害で食事をすることができなかったのだが、リハビリによって食事ができるまでに回復した。
病院を出ると、お袋と暮らすケアマンションに向かった。
ケアマンションに到着し、1階にある喫茶店で昼食を取った。病院食に飽きていた親父は何度も旨いと頷きながら喜んで食べていた。
しかもお袋のランチまで頬張る始末。(何という食欲…)
食事の後、部屋に戻るとテーブルに母の食べかけのパンを見つけ、また頬張った。
病院で親父はよほど飢えていたのだろうか…。親父は僕らが目を離すと、周りにある食べ物は何でも口に頬張っていた。お驚いたことにテーブルの上に会った角砂糖まで頬張っていた。
「親父、まるでゲリラに拘束され無事に解放されたジャーナリストみたいやね!そげん腹が減っとると?」
親父は角砂糖をガリガリ食べながら笑っていた。
本能のまま自由に生きる。生き物にとって何よりも幸せなことなのかもしれない。
written by サンゴール








