心に沁みる一言をかけていただくことがある。そういう言葉は喜んでいる時より、辛い時や、悲しい時など不安な時に感じることが多いはずだ。その言葉は決して難しい言葉ではなく、さりげない言葉であることのほうが多いと思う。
先日、私の心境を察したあるお得意先の方から食事に誘われ「微力ながら応援する」と言葉をかけて頂いた。嬉しい限りである。そのお得意先の方とはしっかりコミュニケーションが取れている。
うちの事務所は各スタッフの得意分野を伸ばし、その分野をさらに深堀するため、研究室のようにそれぞれのデスクが高いパーテーションで仕切られている。確かに集中して仕事に打ち込めるが、逆にコミュニケーションを取ることが難しくなる。そうなると他人の心境を感じ取れることも難しくなり、おのずと会話も減ってしまう。
現在、事務所の引越しを予定しており、引越し先の事務所の改修工事も同時に検討している。改修工事をお願いする設計会社の方と打合せをすることになり、真っ先に要望したことは「コミュニケーションが取れるオフィスにして欲しい」ということだった。
お得意先とコミュニケーションは取れているものの、逆に社内のコミュニケーションは希薄になっている。恥ずかしい限りである。
ミスターチルドレンの歌に『サイン』という歌がある。この歌の内容のように、新事務所ではお互いの心境のサインを見逃さず、スタッフで気軽に会話ができるようにしたいと考えている。
written by マックス
Life was like a box of chocolates. You never know what you’re gonna get.
『人生はチョコレートの箱のようなもの。開けるまで中身はわからない。』
映画「フォレスト・ガンプ~一期一会~」の冒頭の台詞だ。アメリカではミルク味、ナッツ、ビターなど多くの種類のチョコレートが、アソートの詰め合わせで販売されている。だから食べてみるまでチョコレートの味は分からない。このことを人生に例えた名台詞だ。
まだ人生を語るには早い歳だが、人生は不思議なことが起こる。
人と人との縁も不思議なもので妙な巡り合わせがある。この巡り合わせによって人生という道が変化していく。そして人生の最終地点であるゴールが大きく変わる。
同じ道を歩いていた仲間と別れ、別々の道を選択し歩くこともあれば、逆に独りで歩いていると後ろからテクテクとついてくる者がおり共に歩くことに。そして歩いていた道を修正しなければならなくなる。そのことで人生のゴールが変化していく。
まさに「人生はチョコレートの箱のようなもの。開けるまで中身はわからない。」
人生が終わる時にチョコレートの味がわかるのかもしれない。そのチョコレートは甘くスウィートなのか、それともビターなのか…。
多くの人の人生が甘いチョコレートであって欲しい。
written by クリスティーナ
終戦記念日が近づくと多くのメディアが悲惨な先の大戦を伝える。20世紀は戦争の世紀で幾度と無く悲惨な戦争を繰り返し多くの人間が命を落とした。
日本という国は四方を海に囲まれている。海に囲まれていることで日本が守られているわけではなく、逆に他国が隣接していないことでどこからでも敵が侵攻することが可能だ。そして致命的なことにこの国は資源がほとんど無い。そのため海を超え外に出て祖国日本を守り資源を確保しなければならなかった。
初盆だったので親戚が集まり祖母を偲んだ。そして終戦当時の話になった。当時、僕の父の家族も満州で生活しており、そこで終戦を迎えた。そして日本本土に帰る引揚船に乗るため朝鮮半島を縦断することに。しかし終戦直前にロシアも参戦し満州や朝鮮半島に攻め込んできた。終戦後にアメリカとロシアの占領地を分けるために分割占領ラインである38度戦が引かれ、朝鮮半島は二分された。
38度線の北側はロシア軍が警備しており、ロシア軍に捕まるとロシア軍の捕虜としてシベリアなどで強制労働を強いられることになる。そこで夜の暗がりにまぎれながら何日もかけて38度線を越えたそうだ。父と父の兄弟もまだ子供で、末っ子は生まれて間もなかったそうだ。食料も乏しく着の身着のままで、祖父と祖母が子供たちを抱きかかえての決死の逃亡だった。そして終戦から約1年が経った頃、人で溢れかえる満杯の引揚船で何とか北九州市の門司に辿り着いたそうだ。
もし子供だった父に何かあれば僕が生を受けることは無かったのだろう…。
休みが続くと仕事をすることが億劫になる。僕だけだろうか…。
僕のデスクの前にある窓から日の丸の旗が見える。今日も青空に下はためいている。
休み明けのだらけた体に渇を入れた。
「よしっ!頑張るか!」
written by ベルハルト






