天気予報では、投票日は全国的に厳しい寒さになると言っていた。西高東低の冬型で、等圧線はぎゅっと狭く、あちこちに大雪警報。福岡の最高気温は2℃、雪マークまでついている。
「こんな日に投票に出るのは嫌だなぁ」
そう思い、期日前投票で済ませておこうと考えた。会場は、僕がトレーニングで通っている市民体育館の隣にある区役所。都合が良いので、トレーニング前に寄ってしまおう。
ところが、入口に着くと長蛇の列。係の人に尋ねると「30分ほどかかります」とのこと。
「よし。夕方なら買い物や食事の準備で空いているはずだ」
そう踏んで、トレーニング後に出直すことにした。
しかし夕方、再び向かうと、また同じ長蛇の列。係員の答えも同じく「30分ほど」。一旦は並んだものの、疲れていたこともあり、その日は諦めることにした。結局、投票日当日、雪が舞う中を出かけることになった。
「あ〜寒い〜。なんでこんな日に選挙するんや。北海道や東北の人は大変やろうな〜。雪の降る街を〜♪ ワワワワ〜」
と歌いながら投票場に向かうと、当日もやっぱり長蛇の列。
眉間にしわを寄せて並びながら、考えた。
天気予報という“知識”を頼りに動き、夕方は空いているだろうという経験に基づいた“知恵”も働かせたつもりが、どちらも見事に外れた。
知識とは何だろう。
知識は勉強や読書で手に入り、検索すればすぐに見つかる。数字や事実、手順や仕組み。外から取り込めば積み上がっていく。天気予報のように、誰かが集めて整理してくれた情報を、僕たちは受け取って使う。
一方で、知恵とは何だろう。
知恵は経験の中でゆっくり育つもので、知識のように簡単には身につかない。夕方は空いているだろう──そんな“気配”を読むような力。誰かに教わるというより、日々の積み重ねの中で自然と身についていく。
知識は外から入ってくるもの。
知恵は内側からにじみ出るもの。
どちらが大切かと天秤にかけたくなるが、実際にはそう単純ではない。
知識があったからこそ先に動こうと思えたし、経験があったから改めて夕方に出直した。どちらも外れたが、またひとつ小さな学びが残った。
結局のところ、大切なのは「知識を知恵へと変えていく時間」なのだろう。
読んだこと、聞いたこと、経験したことが、ある日ふと自分の判断に溶け込んでいく。その静かな変化が、日々の選択を少しずつ確かなものにしてくれる。
結局、寒い雪の中を30分も並ぶのであれば、期日前投票で素直に並ぶべきだった──今回の学びはそれに尽きる。
知識や知恵を語る前に、まずは「行列に並ぶ覚悟」を身につけるほうが、僕には必要なのかもしれない。
行列を避けたつもりが、行列に呼び戻されただけの話である。






