人との出会いが人生に大きな影響を与える。今までの人生を振り返ると4人の方が僕の人生に大きな影響を与えてくれた。
1人目は僕が以前勤めていた会社の上司で紳士的でお洒落な方だった。身だしなみもちろん身のまわりも常に整理されており、仕事は論理的に考え僕にマーケティングの基本やクリエイティブの考え方など広告の基本を教えてくれた。彼との出会いがこの業界で生きる礎を作ってくれた。
2人目は取引先のメディアの方で繊細さはなくまるで狩猟民族のように、いつも豪快に営業をして多くの顧客を作り仕事を取ってくる方だ。彼の突破力は人並み外れたものがあり、彼からは豪快さや忍耐強さを学んだ。それに浴びるほど酒を飲むことまで教わった。
3人目は外資系の会計事務所で働いていた公認会計士の方で、彼からは経営指標や決算書の読み方など経営に関する数字の読み方はもちろん、節税など効率よく合理的な税金対策を学んだ。彼はこちらが質問をしない限り進んで教えてくれる方ではなく、全く知識を曝け出さない方だ。
4人目は投資コンサルタントの方で、僕に投資の基本を教えてくれた。僕は数年前に独学で株式投資を行っていたが全く芽は出なかった。そこでネットで投資に関して色々調べていると、彼のブログに辿り着いた。そして彼に連絡を取り東京まで会いに出掛け投資に関して指導してもらうことに。彼はフィナンシャルプランナーでもあったので、資産や投資の配分まで教えてくれ僕の将来を描いてくれた。
そしてこの4人との出会いが僕の人生において大きな影響を与えた。
人との出会いは人生を良くも悪くも変化させる。良い出会いはその後の人生を大きく変化させ豊かなものにしてくれる。これからも数人の良い影響力を与える方に出会うかもしれない。僕も彼らのように誰かに良い影響を与えることができれば嬉しいのだが。
秋が深まり肌寒くなったベランダでランタンの心地よい灯りでハイボールを飲みながら、秋の夜空を見上げふとその4人を思い出した。
written by マックス
新型コロナウィルスの影響で外出自粛が求められことで、「べランピング」という新しいライフスタイルが流行している。「べランピング」とは家庭のベランダで気軽にキャンプを楽しむことを指す造語で、自宅のベランダにテントを張り椅子やテーブル、それにランタンやコンロなどを用意し気軽にキャンプを楽しむことで、簡単に非日常体験ができるとキャンパーの間で話題になっている。
僕は家族に気を遣いベランダでタバコを吸うためベランダで過ごす時間は長いので、ベランダを快適に過ごせるスペースにすることにした。若い頃はよくキャンプに出掛けていたので、ひと通りのキャンプ用品は揃っているが、自宅のベランダにわざわざテントを張り寝袋にくるまって寝る気は無く、またベランダでBBQなど手の込んだ料理も作る気もないので、クローゼットの奥からテーブルと椅子、それにランタンを引っ張り出しベランダにセットした。
天気の良い日は朝食、昼食、夕食と3食全てをベランダ取り、夜はランタンに火を灯し町の明かり眺めながらゆっくりとお酒を楽しんでいる。もう少し非日常になるようにとクラッシックなランタンも購入した。少しずつ秋も深まり夜は肌寒くなってきたので、カセットコンロのガスを利用する小さなストーブも購入しようと考えている。
先日の十五夜はベランダにおでんを準備し満月を眺めながらのんびりと食事を取った。虫の声がかすかに聞こえどこからかキンモクセイの香りが漂い心地よく秋を感じた。
新型コロナウィルスは今も収まることはなく世界に深刻なダメージを与え続けているが、悪影響だけを及ぼしたわけではなく自宅でゆっくりと過ごす時間を与えてくれた。また知恵を絞ることで自宅にいても非日常体験ができることも教えてくれた。
ベランダでお酒を飲んでいると愛犬Q次郎がベランダにやって来て、僕の隣の椅子にヒョイと飛び乗ってきた。Q次郎もベランダで過ごす非日常の時間を楽しんでいるように見える。家の中で暮らしているQ次郎のためにベランダに犬小屋やドッグランのスペースでも作ってあげようか。
written by モンコ
先日親父の見舞いに出掛けた。親父が入院している病院では新型ウィルスの感染対策として、見舞いは家族のみ1カ月に1度で、1度の見舞いに2人までと厳しく制限されており、面会時間は30分と短い。そのため家族で毎月ローテンションを組み親父の見舞いに出掛けており、僕が親父を見舞うのは3か月ぶりだ。
昨年の夏、親父は家の中で転んで足を痛め入院した。親父は順調に回復していたが、入院先の病院で嚥下障害による誤嚥で肺炎を引き起こし、昨年11月に高熱のため救急病院に転院した。一旦、肺炎は収まったが、その後も嚥下障害により肺炎を繰り返し、食事を取ることができず点滴と鼻からの経管栄養で生きながらえている。
鼻から経管栄養をすることは親父が苦しいだろうと、胃に直接穴を開けチューブを通す胃ろうを医者と検討したが、胃に穴を開ける手術に親父の体力が持たないだろうと医者が判断し、胃ろうを断念した。親父は痰が多く出るため1時間に2度、痰を吸引し取り除かないと喉に詰まらせるので自宅で介護することができない。
3か月ぶりに親父を見舞うと、僕のことは理解したが眠たいのか、直ぐに眠ってしまう。
僕は親父の体を軽く揺すって話しかけた。
「親父、元気ね?」
「あー…」
「今、世界中に新しい伝染病が流行っとるけん、なかなか見舞いに来れんとよ。ごめんな!」
「あー…」
「早く元気になったら温泉に連れて行くけんね」
治る見込みのない親父を少しでも元気づけるため、僕はそう伝えた。そして親父の頭を撫で足をさすった。親父の足は骨と皮だけで親父の足首を握ると僕の手首より細かった。こんな状態で生きてことを果たして親父は望んでいるのだろうか…。
以前、テレビでライオンの群れを数年追いかけるドキュメンタリー番組があった。数年が経ち、その群れのリーダーだったライオンは高齢のため自ら狩りができなくなった。するとそのライオンはリーダーを譲り、一頭静かに茂みの中に入っていった。そのライオンは寝そべったまま数日間水も食事も取らず、静かに死んでいった。
親父はお袋との間で延命治療をしないとルールを決めていたが、そのルールは心肺停止後のことで、もっと細かくルールを定めておかなければならなかったように思う。例えば自ら食事を取れなくなった時やベッドに寝た切りになったときなど…。親父もドキュメンタリー番組のライオンのように静かに死を迎えたいのかもしれない。
written by モンコ








